グラマンF9Fクーガー

Grumman F9F Cougar
グラマンF9FクーガーGrumman F9F Cougar

F9Fパンサーの後退翼型

後退翼艦上戦闘機の成功作

※文頭写真:前が後退翼のF9F-6クーガー、奥が直線翼のF9F-5パンサー。1952年(昭和27年)。PHOTO USNAVY

グラマンF9Fクーガーは、1947年に初飛行したF9Fパンサーの発展型。大きな変更点は主翼の後退翼化です。レシプロ時代からの直線翼よりも、後退翼が高速性能に優れることは明らかにもかかわらず艦上戦闘機は、後退翼化に手間取っていました。狭い空母上で運用する艦上戦闘機は広い飛行場から離着陸する空軍の戦闘機とは異なり、多くの制約が課せられるからです。

手前がF9Fクーガー、奥はアメリカ空軍のF-86セイバー。PHOTO USNAVY
手前がF9Fクーガー、奥はアメリカ空軍のF-86セイバー。PHOTO USNAVY

主翼に後退角がついた後退翼は、高速飛行性能を劇的に向上させる技術でしたが、当時、旧式の直線翼に比べ低速性能が劣っていました。艦上戦闘機は離発着時に高い低速飛行性能が必要とされるため、高速性能と低速性能の両立が難題となっていたわけです。

朝鮮戦争最中の1950年11月、旧ソ連の傑作ジェット戦闘機MiG-15が突如出現し、それまでアメリカを始めとする連合軍ががっちり確保していた半島の制空権を脅かすようになっていました。米空軍には同じ後退翼の高性能機F-86セイバーがありましたが、米海軍はMiG-15に対抗しうる戦闘機を保有しておらず、その危機感は深刻なものでした。

ミグショックの翌月、1950年12月にはグラマン社に対してパンサーの後退翼型開発が発注されました。F9Fパンサーの型式の一つF9F-5のうちの3機がXF9F-6クーガーとして開発されることとなり、わずか10か月後の1951年9月20日、初飛行に成功しています。

後退翼機の低速性能を向上させる各種の改良は枚挙にいとまなく、主翼拡大、大型フラップ、油圧式前縁スラット、フラッペロン(flap/フラップ+aileron/補助翼)、内翼への境界層板の取り付け、翼端増槽取り外しに伴う胴体延長(燃料搭載量増加)などが行われました。

これらの努力の結果、F9Fクーガーは直線翼のF9Fパンサーと同等の低速性能を獲得し、最高速度はパンサーの932km/hから1,150km/hへと飛躍的に向上しました。1955年から57年まで米海軍曲技飛行隊ブルーエンジェルズ使用機であったことも飛行性能の高さの表れといえるでしょう。また、艦上戦闘機の名門グラマンらしい堅牢で運用性の高い機体でもありました。

ブルーエンジェルスのF9F-8クーガー。1955年(昭和30年)から1957年(昭和32年)まで使用されました。PHOTO USNAVY
ブルーエンジェルスのF9F-8クーガー。1955年(昭和30年)から1957年(昭和32年)まで使用されました。PHOTO USNAVY

米海軍は1952年11月、超特急で部隊配備を開始しました。ミグショックから異例のスピードで開発されたF9Fクーガーでしたが、朝鮮戦争休戦に1か月ほど間に合いませんでした。その後1960年まで実戦部隊で運用され、退役後は練習機などとして1970年代中頃まで活躍しました。

運用者アメリカ海軍
アメリカ海兵隊
主要なバリエーションXF9F-6 試作機
F9F-6 量産型
F9F-7 エンジン換装型 。168機製造
F9F-8 性能向上型。601機製造
F9F-8P 写真偵察機
F9F-8T 練習機
生産数1,392
スペック型式F9F-8
全 幅10.52m
全 長12.45m
全 高3.7m
翼面積31.3㎡
自 重5,381kg
総重量/最大離陸重量9,114kg
発動機J48-P-8(3,290kg)
最大速度1,150km/h
実用上昇限度12,800m
戦闘行動半径830km
航続距離1,600km
乗 員1名
初飛行1951年9月
就 役1952年11月
退 役1960年2月
兵 装20mm機関砲×4
対空ロケット弾
450kg爆弾

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