ノース・アメリカンF-86セイバー

North American F-86 Sabre
ノース・アメリカンF-86セイバーNorth American F-86 Sabre

歴史的傑作機

アメリカ初の後退翼ジェット戦闘機

※文頭写真:USAF

ノースアメリカンF-86Fセイバー(1947-1967)は世界で初めて試作機が初飛行したアメリカ空軍の後退翼ジェット戦闘機。傑作戦闘機との呼び声高い名機であり、約1万機もの生産数を誇り、日本の航空自衛隊も使用しました。

戦闘機の動力は第2次世界大戦後期〜朝鮮戦争の時代、レシプロエンジンからジェットエンジンに移行しつつあり、それにともない最高速度はレシプロ機の時速約750kmから超音速へと向かっていました。

朝鮮戦争に参加するF-86。北の高性能機MiG-15はF-86セイバーと同等以上の空戦能力を持っていましたが、優れたパイロットの技量や充実した整備により、最終的には792機のMiG-15を撃墜し、落とされたF-86セイバーは76機でした。PHOTO USAF
朝鮮戦争に参加するF-86。北の高性能機MiG-15はF-86セイバーと同等以上の空戦能力を持っていましたが、優れたパイロットの技量や充実した整備により、最終的には792機のMiG-15を撃墜し、落とされたF-86セイバーは76機でした。PHOTO USAF

速度が高速化すると機体設計が変わってきます。第2次世界大戦においてレシプロ戦闘機最大の生産国であったアメリカもジェット戦闘機開発においてはドイツとイギリスに先行されていました。

第2次世界大戦の最高レシプロ機といってもいいP-51マスタングを開発したアメリカのノースアメリカン社は、大戦の行方がほぼ定まっていた1944年後半、ジェット戦闘機の開発を開始します。

これが後に傑作機F-86となりますが、当初の試作機は性能的に競合していたXP-84(後のF-84)に及びませんでした。しかし、折しも1945年5月にドイツが敗れ、連合軍はその進んだジェット機開発の技術を収奪したため、膨大な資料がアメリカにもたらされます。

1951年(昭和26年)6月、出撃準備中のF-86セイバー。PHOTO USAF
1951年(昭和26年)6月、出撃準備中のF-86セイバー。PHOTO USAF

ノースアメリカン社は、アメリカにもたらされたドイツの先進技術の中でも特に主翼に角度をつけた後退翼に関する研究データをF-86の開発に取り入れます。後退翼はジェット戦闘機の高速性能を画期的に引き上げる技術でした。そしてその高速化にともなって低下する低速性能を補うための揚力装置(自動スラット)などの技術もあわせてドイツの資料から取り入れます。

空対地ロケット弾VVARを発射するF-86セイバー。PHOTO USAF
空対地ロケット弾VVARを発射するF-86セイバー。PHOTO USAF

F-86の試作機XP-86の1号機は1947年10月に初飛行します。後退翼を搭載した初めてのジェット戦闘機としては、「ミグショック」といわれ朝鮮戦争でアメリカを恐怖させた高性能機MiG-15が有名ですが、初飛行は1947年末でありこの点ではF-86の方が3か月ほど早いことになります。

XP-86はいくつかの改良を経ながら期待通りの高性能ぶりを発揮し、1948年にはエンジンをGE35からより強力なJ47に換装した最初の量産型が初飛行します。また、時速1,079.49kmという世界速度記録も打ち立てています。

1950年に朝鮮戦争が勃発しますが、当初北朝鮮の空軍力は無いに等しく、F9FパンサーP-80シューティングスターF-84Gサンダージェットといった直線翼のジェット戦闘機で充分な状態でした。しかしすぐに中国が参戦、中国経由で後退翼を採用したソ連の高性能戦闘機MiG-15が出現すると、上記の直線翼戦闘機では分が悪くアメリカの制空権は一挙に脅かされることとなりました。

慌てたアメリカ軍は就役したばかりのF-86セイバーを極東を派遣し、ここに史上初の後退翼ジェット戦闘機による空戦が勃発。上昇力や高々度性能などはMiG-15の方が優れていたものの、エース級を投入したことによる優れたパイロットの技量とレーダー性能によりF-86は損失78機に対して800機のMiG-15を撃墜しました。

朝鮮戦争におけるアメリカのエース、ジョセフ・マッコーネルJr.と搭乗機F-86セイバー。PHOTO USAF
朝鮮戦争におけるアメリカのエース、ジョセフ・マッコーネルJr.と搭乗機F-86セイバー。PHOTO USAF

F-86はその後も数々の派生型を生み、艦載機型も造られました(FJ-3フューリー)。アメリカでは1950年代後半〜60年代にかけて超音速機が配備されるようになると前線から姿を消していきますが、1990年代まで世界各国で使用され続けました。

2004年(平成16年)、アメリカの航空ショーでデモフライトするF-86セイバー。PHOTO USAF
2004年(平成16年)、アメリカの航空ショーでデモフライトするF-86セイバー。PHOTO USAF

航空自衛隊では、エンジンをJ47-GE-27に換装したF-86F 435機が主力戦闘機として使用されました。さらにF-86を全天候型とした発展型のF-86Dも122機配備されています。航空自衛隊曲技飛行隊ブルーインパルスの初代使用機であり、航空自衛隊では「旭光(きょっこう)」と呼ばれていました。1964年の東京オリンピックで大空に五輪旗を描いていた機体はこのF-86です。

運用者アメリカ空軍
航空自衛隊
アルゼンチン空軍
ベルギー空軍
ボリビア空軍
カナダ空軍
コロンビア空軍
デンマーク空軍
エチオピア空軍
ドイツ空軍
ホンジュラス空軍
イラン空軍
イラク空軍
ノルウェー空軍
パキスタン空軍
ペルー空軍
フィリピン空軍
ポルトガル空軍
台湾空軍
サウジアラビア空軍
南アフリカ空軍
スペイン空軍
タイ空軍
チュニジア空軍
トルコ空軍
コンゴ
ベネゼエラ空軍
ユーゴスラビア空軍
韓国空軍
主要なバリエーションXF-86 試作機。3機製造
YF-86A 試作機。エンジン換装。3機製造
F-86A 量産型。554機製造
DF-86A 無人標的機
RF-86A 偵察機
F-86B 改良型
F-86C 侵攻戦闘機型に大幅改修。後にYF-93Aに名称変更
F-86D 大幅に改修された全天候戦闘機型。機種の形状が特徴的。航空自衛隊でも使用された
F-86G D型のエンジン換装
F-86K 主にNATO向け輸出型
F-86L D型の改修型。電子装置など
F-86E 全誘導水平安定尾翼導入型
QF-86E 標的機
F-86F エンジン換装など。航空自衛隊でも使用された
QF-86F 標的機
RF-86F 偵察機。航空自衛隊でも使用された
TF-86F 複座練習機
生産数9,860
スペック型式F-86F
全 幅11.28m
全 長11.53m
全 高4.52m
翼面積29.11㎡
自 重5,046kg
総重量/最大離陸重量8,234kg
発動機J47-GE-27(2,680kg)×1
最大速度1,106km/h
実用上昇限度15,100m
戦闘行動半径730km
航続距離2,454km
乗 員1名
初飛行1947年10月1日
就 役1949年2月
退 役1967年
兵 装12,7mm機銃×6
450kg爆弾×2

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