リパブリックF-84Fサンダーストリーク

Republic F-84F Thunderstreak
リパブリックF-84FサンダーストリークRepublic F-84F Thunderstreak

F-84の進化型

F-84を後退翼化

※文頭写真:USAF

F-84Fサンダーストリーク(1950-1971)は、F-86A〜E、Gサンダージェットの発展型として開発された米空軍のジェット戦闘機です。直線翼から後退翼となったことが大きな特徴です。

F-84A〜E、Gサンダージェットはスマートな胴体と兵器搭載量の多さ、航続距離の高さから7,500機以上が生産されました。初期にみられた主翼の脆弱性も改良され、信頼性の高い機体として活躍しました。

F-84を後退翼化したF-84F。PHOTO USAF
F-84を後退翼化したF-84F。PHOTO USAF

F-86A〜E、Gを後退翼化したF-84Fは、当初YF-96Aとして計画されていましたが、内容的にはF-84Eの設計や部品を使用するF-84Eの発展型でした。一旦はテストの不調から計画は頓挫しそうになりす。

しかし、1950年に朝鮮戦争が勃発すると、F-86A〜E、Gの発展型として兵器搭載量と航続距離、高速性能に優れた機体となりそうな本機は戦闘爆撃機として米空軍に期待されます。

ロケットポッドを搭載して出撃するF-84Fサンダーストリーク。PHOTO USAF
ロケットポッドを搭載して出撃するF-84Fサンダーストリーク。PHOTO USAF

空軍の本機への期待から計画名もYF-96Aから予算の通りやすい発展型であることを強調したF-84Fに変更されます。試作機は1951年2月には初飛行し、まずまずの成功を収めます。特に当時のジェット戦闘機の弱点であった航続距離に優れていたことは空軍の期待どおりでした。

本機の航続距離は3,400km(12,701kg)もあります。元となったF-84Gの3,200km(10,590kg)に比べても優れ、P-80の1,330km(7,645kg)、F-86セイバーの2,454km(8,234kg)、P-89(16,869kg)の2,200kmと比べると格段に優れていることがわかります。

航続距離数字の( )内は最大離陸重量です。これを比べてもF-84Fは優れた数字を示しています。航続距離と兵器搭載量が優れているということは、空対空の戦闘もこなしながら爆撃任務を遂行できる戦闘爆撃機として高性能です。さらには核兵器も搭載可能ですからその幅は広がります。

駐機する約100機のF-84F。1961年(昭和36年)のベルリン危機に展開する部隊です。PHOTO USAF
駐機する約100機のF-84F。1961年(昭和36年)のベルリン危機に展開する部隊です。PHOTO USAF

F-84Fは空軍の期待を受けて約2,000機という大量発注を得たものの、イギリスのアームストロング・シドレー社からライト社がライセンス生産していたJ65エンジンがうまくいきません。当時はジェットエンジン先進国はイギリスでありアメリカはまだまだといった状況でした。

結局、本機の配備は朝鮮戦争に間に合いませんでしたが、約3,500機が生産され1971年まで飛び続けました。昭和30年(1955年)の1シーズンだけですが、米空軍曲技飛行隊サンダーバーズの使用機となっています。

運用者アメリカ空軍
台湾空軍
デンマーク空軍
フランス空軍
ドイツ空軍
ギリシャ空軍
イタリア空軍
オランダ空軍
ノルウェー空軍
トルコ空軍
主要なバリエーションYF-96 試作機
YF-84F 2次試作機
RF-84F 偵察機型
XF-84H ターボプロップ+超音速プロペラの複合試作機
生産数3,428
スペック型式-
全 幅10.25m
全 長13.23m
全 高4.39m
翼面積30.19㎡
自 重6,260kg
総重量/最大離陸重量12,701kg
発動機J65-W-3(3,280kg)×1
最大速度1,119km/h
実用上昇限度14,000m
戦闘行動半径1,304km
航続距離3,440km
乗 員1名
初飛行1950年6月3日
就 役1952年11月
退 役1971年
兵 装12,7mm機銃×6
爆弾2,720kg

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