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チャンス・ボートF-8クルーセイダー

Chance Vought F-8 crusader
チャンス・ボートF-8クルーセイダーChance Vought F-8 crusader

初にして傑作

世界初の超音速艦上戦闘機

※文頭写真:全天候型となったF-8D(F-8U-2N)。PHOTO USNAVY

チャンス・ボートF-8クルーセイダーは米海軍の艦上戦闘機であり、世界ではじめての超音速艦上戦闘機です。狭く制約の多い艦上戦闘機でありながら、同時期の米空軍機を凌ぐ高性能機となり、高速性、運動性、信頼性、多用途性、整備性などどれをとっても傑作といっていいものでした。

F-8U-1T。1962年。PHOTO USNAVY
F-8U-1T。1962年。PHOTO USNAVY

空母という制約の多いプラットフォームでの運用を余儀なくされる海軍は、ジェット時代となっても空軍機に劣る性能の戦闘機を配備せざるを得ませんでしたが、F-8クルーセイダーにおいてやっと、空軍機と肩を並べる高性能機を艦上に配備できたのです。

アメリカ海軍空母サラトガ艦上のF-8A。F-8を最初に受領した第32戦闘飛行隊所属機。PHOTO USNAVY
アメリカ海軍空母サラトガ艦上のF-8A。F-8を最初に受領した第32戦闘飛行隊所属機。PHOTO USNAVY

チャンス・ボート社が本機の前に開発したF7Uカットラス(1948年初飛行)は「根性なし(ガットレス)」という汚名を頂戴しました。しかしその7年後の1955年、本機を開発し、見事に雪辱したこととなります。

先進的過ぎたF7Uカットラス。PHOTO USNAVY
先進的過ぎたF7Uカットラス。PHOTO USNAVY

1957年から米海軍各部隊へと配備され、1965年までに生産された数は1,259機にも及びます。ベトナム戦争(1960-1975)では、MiG-17を中心とする敵機との空戦において8:1という、米空海軍全機種の中で最高のキルレシオ(撃墜対被撃墜比率)を達成しています。

トンキン湾上のアメリカ海軍窪タイコンデロガ艦上においてジニーロケット弾を装着されるF-8。PHOTO USNAVY
トンキン湾上のアメリカ海軍窪タイコンデロガ艦上においてジニーロケット弾を装着されるF-8。PHOTO USNAVY

1974年(昭和49年)5月25日、ソ連のツボレフTU-95ベアをインターセプトするF-8。PHOTO USNAVY
1974年(昭和49年)5月25日、ソ連のツボレフTU-95ベアをインターセプトするF-8。PHOTO USNAVY

米海軍では30年もの長きにわたって活躍し、1987年に退役。フランス海軍においては1999年まで使用されました。

本機はどうしてこれほどの高性能機となったのでしょうか。それにはいくつもの必然と大きな偶然があります。

F7Uカットラスの劣悪だった視界不良を反省したチャンス・ボート社は、必要以上といわれる程、良好な視界確保に気を配ります。まずコクピットを最前部に配置し、空気取入口を機首下部に配置します。

退役間近の1986年(昭和61年)11月1日、テキサス上空を飛行する偵察機型のRF-8G。PHOTO USNAVY
退役間近の1986年(昭和61年)11月1日、テキサス上空を飛行する偵察機型のRF-8G。PHOTO USNAVY

さらには、胴体上部に付けられた主翼を油圧による可動式とし、機首側を上に上げることで、着艦時の機首上げ角度を下げる工夫がなされています。これらの工夫により、離着艦という艦上戦闘機の最も危険な任務に対する高い能力を得、比較的旧式であったり小型である空母でも運用することができました。

兵器運用能力にも優れており、狭い艦上で運用され、多目的性能が求められていた艦上戦闘機としては使いやすかったといえます。

大きな偶然は、機首に突き出したコーンが偶然にもショックコーン(超音速において効率的に空気を取り入れる装置)の役割を果たし、元々大出力であったJ57-P-20A(8,164kg)エンジンの性能を最大限に引き出したのです。後にレーダー搭載のためにこのコーン部分が拡大されますが、更なるショックコーン能力増加となりました。

運用者アメリカ海軍
アメリカ海兵隊
フランス海軍
フィリピン空軍
主要なバリエーションXF8U-1 試作機
F-8A 最初の量産型。130機製造
F-8C エンジン換装など。187機製造
RF-8A 写真機搭載型
DF-8A 巡航ミサイルの空中誘導母機、20機製造
F-8D エンジン換装、射撃管制装置換装、空対空ミサイルAIM-9C対応。152機製造
F-8E レーダー換装など F-8E(FN) フランス海軍型。42機製造
F8U-3 エンジン換装ほか、胴体再設計の発展型。5機製造
RF-8G RF-8Aの改装型。73機
F-8H F-8Dを改装。89機 F-8J F-8E改装型。136機
F-8K F-8C改装型
F-8L F-8B改装型
V-1000 海外輸出型
F-8 SCW NASA試験機
F-8 DFBW NASA試験機
生産数1,259
スペック型式-
全 幅10.87m
全 長16.61m
全 高4.80m
翼面積34.8㎡
自 重7,956kg
総重量/最大離陸重量13,000kg
発動機J57-P-20A(8,164kg)×1
最大速度2,279km/h
実用上昇限度17,700m
戦闘行動半径730km
航続距離2,260km
乗 員1名
初飛行1955年3月25日
就 役1957年3月
退 役1987年3月
兵 装

チャンス・ボートF7Uカットラス

Chance Vought F7U Cutlass
チャンス・ボートF7UカットラスChance Vought F7U Cutlass

傑作F-8への道標!?

革新的すぎた機体

※文頭写真:USNAVY

写真をみれば航空機の知識があまりない人でも、ちょっと変わった形の戦闘機だと感じるはずです。航空関連書籍の珍機コーナーなどでは必ずといっていいほどとりあげられ、散々な失敗作と揶揄されることもしばしば。そんなジェット戦闘機史上の異端児が本機、チャンス・ボートF7Uカットラスです。

レシプロ機から最新鋭のF-35ライトニングⅡまでほとんどの艦上戦闘機には水平尾翼(胴体後部に水平につけられた翼)がついていますが、F8Uカットラスにはついていません。かわりに後退角を備える主翼が胴体後部まで伸び、その後部に垂直尾翼があります。これに双発のエンジンを備える姿は、ナチスドイツの研究成果を引き継いたものでした。

艦上に並ぶF7Uカットラス。前脚の長さがわかります。PHOTO USNAVY
艦上に並ぶF7Uカットラス。前脚の長さがわかります。PHOTO USNAVY

水平尾翼というのは水平方向の安定性を司り、可動式の昇降舵などによって機首の上げ下げを制御する大きな機能を持つ部品です。通常は機体後尾についていますが、機体前方に装備される場合もあります。F7Uにはこの水平尾翼がなく、さらには高揚力装置(フラップ)も装備できませんでした。

狭い甲板から発進するため急に大きな揚力を得なければいけない艦上戦闘機において、水平尾翼、高揚力装置(フラップ)などの高揚力発生装置のない設計は大きな足かせとなりました。この解決策として14度もの迎え角を持つ程に最初から機首を上げる、という方策がとられました。

高速で狭い艦上で離発着する際に、機首が14度も上を向いているのです。要するに単純な話、視界が悪い。前方がよくみえないのです。さらに機首を上げるために主脚を長くしたため脆弱になりました。このため、生産数の1/4が離着艦時に失われたといいます。

先進的過ぎたF7Uカットラス。PHOTO USNAVY
先進的過ぎたF7Uカットラス。PHOTO USNAVY

そもそもこのような形状になったのは、米海軍の艦上戦闘機高速化要求に答えるためのものでした。一応、艦上機としては最高速度を記録し、米戦闘機として初めて設計段階からアフターバーナーを搭載した機体としても名を残しています。しかし、いくら高速性能があっても、まともに離着艦できない艦上戦闘機ではまともな運用はできず「ガットレス(根性なし)カットラス」と揶揄されることとなりました。

F7Uが初飛行した1948年9月から7年後、チャンス・ボート社は当時の空軍機をも凌駕する艦上ジェット戦闘機の傑作、F-8クルーセイダーを生み出すこととなります。

確かにF7Uカットラスは革新的すぎました。しかし、数ある設計案の中からこのような革新的な案を選ぶところに、ネイティブを殺しつくしてアメリカ大陸を奪い取り、第2次世界大戦に勝利し、世界の覇権に向かって邁進する移民国家アメリカのパワーを垣間見るようにも思います

運用者アメリカ海軍
主要なバリエーションXF7U-1 試作機。3機製造され事故全損
F7U-1 量産型。14機製造F7U-2 計画のみ。エンジン換装
F7U-3 量産型。エンジン換装(J46-WE-8 アフターバーナー付)。152機製造
F7U-3M 98機製造。レーダー換装。空対空ミサイル、AAM-2スパロー対応。
F7U-3P 写真偵察型
A2U-1 計画のみ。エンジン換装ほか
生産数320
スペック型式-
全 幅11.78m
全 長13.48m
全 高4.45m
翼面積49.75㎡
自 重8,390kg
総重量/最大離陸重量10,917kg
発動機J46-WE-8A(2,177kg/AB 2,722kg)×2
最大速度1,041km/h
実用上昇限度15,250m
戦闘行動半径-
航続距離1,120km
乗 員1名
初飛行1948年9月29日
就 役1954年4月
退 役1957年9月
兵 装

チャンス・ボートF6Uパイレーツ

Chance Vought F6U Pirate
チャンス・ボートF6UパイレーツChance Vought F6U Pirate

配備されずに終わった機体

性能不十分なため部隊未配備

文頭写真:US Navy

マクドネル FH-1ファントムによって初めてジェット戦闘機による空母への離着艦を成し遂げたものの実戦機に至らなかった米海軍は、艦上ジェットの実戦部隊早期配備を目指し、マクダネル(F2H)、チャンス・ボート(F6U)、ノースアメリカン(FJ-1)の3社に開発を発注していました。

ジェット戦闘機黎明期、チャンス・ボート社としても初めてのジェット戦闘機開発となったパイレーツの性能は芳しいものではなく、最終的に30機が量産されたにとどまり、実戦部隊には配備されず、実験部隊への配備のみとなりました。

1947年11月に初飛行した試作3号機には、アメリカ製ジェット戦闘機初のアフターバーナーが装備されたJ34-WE-30(1,428kg/AB 1,905kg)が搭載され、最高速度966km/hを記録し、アルミ合金でバルサ材を挟み込むメタライトという新素材も採用されましたが、総合的な性能では円熟期に入ったレシプロ機と大差ないものでした。

米海軍艦上ジェット戦闘機は、マクドネル FH-1 ファントムチャンスボート F6U パイレーツと失敗に終わり採用には至らず、F6Uと同時期に開発が進んでいたマクドネル F2H バンシーが初の採用機となります。

チャンスボートF6U-1パイレーツ。PHOTO:DoD
チャンスボートF6U-1パイレーツ。PHOTO:DoD

1946年(昭和21年)7月21日、空母フランクリン・D・ルーズベルト艦上で試験中のXFD-1ファントム。PHOTO USNAVY
1946年(昭和21年)7月21日、空母フランクリン・D・ルーズベルト艦上で試験中のXFD-1ファントム。PHOTO USNAVY

F2H-1バンシー。1949(昭和24年)。PHOTO USNAVY
F2H-1バンシー。1949(昭和24年)。PHOTO USNAVY

運用者-
主要なバリエーションXF6U-1 3機製造された試作機
F6U-1 30機製造された量産型
F6U-1P 1機製造された偵察機型
生産数33
スペック型式-
全 幅10.01m
全 長11.42m
全 高3.94m
翼面積18.9㎡
自 重3,320kg
総重量/最大離陸重量5,850kg
発動機J34-WE-30A(1,860kg)
最大速度907km/h
実用上昇限度14,100m
戦闘行動半径630km
航続距離1,260km
乗 員1名
初飛行1946年10月2日
就 役-
退 役-
兵 装