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ロッキードXF-90

Lockheed XF-90
ロッキードXF-90Lockheed XF-90

長距離侵攻戦闘機計画

洗練されたフォルムながらふるわず

※文頭写真:長距離侵攻戦闘機計画からうまれた、XF-90。PHOTO USAF

ロッキードXF-90(1949)はアメリカ空軍(陸軍航空隊)の長距離侵攻戦闘機(Penetration Fighter)計画に従って開発された2機のうちの一つです。

アメリカ空軍と海軍は核爆弾という最終兵器の運用を巡り対立していました。空軍は長距離爆撃機による運用を主張し、海軍は航空母艦での運用を主張していました。空軍の長距離爆撃機運用の弱点は、それを護衛する長距離戦闘機がないということでした。

後には超音速かつ超高高度のジェット爆撃機やステルス爆撃機がうまれますが、この時代は空中給油すらありませんでしたから、ひたすら航続距離の長い戦闘機が望まれました。

こういった事情から空軍は長距離侵攻戦闘機(Penetration Fighter)計画を立て、それに従い、2社がそれぞれ1機ずつ開発を進めました。一つは本機XF-90、もう一つはマクドネルXF-88ブードゥーでした。

本機はロッキード社が開発し、空軍発の本格的ジェット戦闘機として配備されていたP-80シューティングスターを基本に開発されました。主翼は後退翼化され、全体のフォルムは鋭くまとめられて見た目はとても美しく高性能を予感させます。

しかし、1949年6月の初飛行の結果はまったくふるわず、競作機のXF-88ブードゥーに劣るものでした。そうこうするうちに朝鮮戦争が勃発し、予算獲得も難航する中、計画自体が中止となってしまい、採用されることはありませんでした。

運用者-
主要なバリエーション-
生産数2
スペック型式-
全 幅12.20m
全 長17.11m
全 高4.8m
翼面積32.05㎡
自 重8,204kg
総重量/最大離陸重量12,338kg
発動機J34-WE-15(1,635kg)×2
最大速度1,064km/h
実用上昇限度11,890m
戦闘行動半径-
航続距離3,680km
乗 員1名
初飛行1949年6月3日
就 役-
退 役-
兵 装

ロッキードF-94スターファイア

Lockheed F-94 Starfire
ロッキードF-94スターファイアLockheed F-94 Starfire

P-80の全天候型

中継ぎとして活躍

文頭写真:オハイオ州にあるアメリカ空軍博物館のF-94Cスターファイア。PHOTO USAF

ロッキードF-94スターファイヤー(1949-1959)は1949年に初飛行したアメリカ空軍の全天候型戦闘機です。航続距離・兵器搭載量に優れた信頼性の高いP-89スコーピオンが就役するまでの繋ぎとして開発されました。

F-94スターファイア。PHOTO USAF
F-94スターファイア。PHOTO USAF

F-94はアメリカ本土の空を長距離爆撃機から守るための迎撃機です。ということは戦後東の盟主となることが明白であったソ連の長距離爆撃機に対する備えであり、戦後の東西覇権争いは戦争終結間際のこの時期、切迫してことを表わしています。

第354戦闘要撃飛行隊のF-94C。1956年6月19日。PHOTO USAF
第354戦闘要撃飛行隊のF-94C。1956年6月19日。PHOTO USAF

ロッキード社は当時前線で活躍していたジェット戦闘機、ロッキードP-80シューティグスターの複座練習機TT-80を元にした全天候型戦闘機を計画、アメリカ空軍はこの案を採用して1949年7月には試作機が初飛行しています。

P-59エアラコメットという試験的な機体を経たためか、初の実用ジェットにして成功作となったP-80シューティングスター。PHOTO USAF
P-59エアラコメットという試験的な機体を経たためか、初の実用ジェットにして成功作となったP-80シューティングスター。PHOTO USAF

TT-80を元に機首にレーダーを搭載し、エンジンはアフターバーナーつきのJ33-A-33が搭載されました。P-80を70%以上流用した機体であり、要するに本格的な全天候型ジェット戦闘機(迎撃機)であるF-89スコーピオンが本格配備される前の繋ぎとして、一刻も速く、安価に仕上がればよかったわけです。

F-94Cのコクピット。PHOTO USAF
F-94Cのコクピット。PHOTO USAF

急ごしらえとはいえ、1950年から勃発した朝鮮戦争にも参加してMiG-15の夜間撃墜を達成、F-89が配備されるまで北米大陸の防空を担うなど全天候型ジェット戦闘機としての役割を果たしています。

運用者アメリカ空軍
主要なバリエーションYF-94 TF-80Cを改造した試作機。2機製造
F-94A 最初の量産型。109機製造
YF-94B F-94Aの改良型
F-94B 量産型。355機製造
YF-94C エンジン換装など改良型
F-94C 全面改良された量産型。エンジン換装、固定武装廃止など。387機製造
EF-94C 偵察型の試作機
YF-94D C型を改造した単座の戦闘爆撃機型
F-94D 量産型。112機発注されるもののキャンセル
生産数855
スペック型式-
全 幅12.93m
全 長13.56m
全 高4.54m
翼面積21.63㎡
自 重5,764kg
総重量/最大離陸重量10,970kg
発動機J87-P-5(2,880kg/AB 3,970kg)×1
最大速度1,030km/h
実用上昇限度15,670m
戦闘行動半径1,300km
航続距離2,050km
乗 員2名
初飛行1949年4月16日
就 役1949年12月
退 役1959年
兵 装

ロッキードP-80シューティングスター

Lockheed P-80 Shooting Star
ロッキードP-80シューティングスターLockheed P-80 Shooting Star

アメリカ初の実用ジェット戦闘機

スカンク・ワークスの初仕事

※文頭写真:USAF

ロッキードP-80シューティングスター(1944-1958)は、実質的にアメリカ初の実用ジェット戦闘機です。設計からわずか半年後には試作機が初飛行するという、いまでは考えられないようなハイスピードで開発されたにもかかわらず、性能的に初期の傑作といっていい出来栄えとなり、約1,700機が生産され練習機型を含めると1970年代まで使用されました。

1950年に勃発した朝鮮戦争では、突如出現した旧ソ連の高性能機MiG-15に太刀打ちできずに対地攻撃に使用されましたが、全米軍機中最高の出撃回数を記録しています。

第2次世界大戦も中盤となり、ドイツ軍によるジェット戦闘機開発とその技術が日本にももたらされることが予見され、アメリカは早急にジェット戦闘機を配備することを迫られます。

実験研究機ベルP-59エアラコメットにより、ある程度のジェット戦闘機開発・運用ノウハウを得ていたアメリカ空軍はロッキード社に開発を依頼、後に名設計者として知られることになるクラレンス“ケリー”ジョンソンが設計にあたります。この時、後にU-2、YF-12F-117Aなどを生み出す航空産業の最先端集団、スカンク・ワークスがクラレンス・ジョンソンによって設立されています。

1944年(昭和19年)、初飛行に臨むP-80シューティングスター。主翼近くには帽子を被ったケリー・ジョンソンが写っています。PHOTO USAF
1944年(昭和19年)、初飛行に臨むP-80シューティングスター。主翼近くには帽子を被ったケリー・ジョンソンが写っています。PHOTO USAF

1943年1月から設計作業が開始され、約半年後の1944年1月には1号機が初飛行、1945年部隊配備を行っており、異例のスピード開発となりました。しかしながら、テスト飛行においては時速814kmを記録し、アメリカ戦闘機の最高記録を更新します。

初期のジェット戦闘機としてはまずまずの結果を得ていたP-80ではありましたが、エンジンの信頼性や燃料まわりに不安を抱えていましたが、すでにジェット戦闘機を実用化していたドイツやイギリスに遅れをとっていたアメリカ空軍(航空軍)は、試作機の段階で3,500機という大量発注を行いました。しかし、ちょうどその頃、対独戦が終わり対日戦の終わりもみえてきており、約900機が完成したところで発注はキャンセルされます。

第2次世界大戦は終結したものの、1948年に6月、ベルリンが封鎖され東西冷戦が進行していきます。ベルリン封鎖は西側諸国の物資空輸によってなし崩しにされ1年後に説かれることとなりますが、この時、F-80はジェット戦闘機として初めて大西洋を横断してイギリスに展開しています。

F-80を改良した複座練習機T-33Aは傑作練習機として5,000機以上が生産され、半世紀以上にわたって各国で使用されるベストセラーとなりました。

運用者アメリカ空軍
アメリカ海軍
主要なバリエーションXF-80 イギリス製エンジンの試作機。1機製造
XF-80A 試作機。3機製造。エンジン換装
YF-80A 実用試験機。13機製造
F-80A 最初の量産型。917機製造
XF-80B スピード記録用機体。1機製造
F-80B F-80Aのエンジン換など。240機製造
F-80C 最終量産型。798機製造
生産数1,715
スペック型式-
全 幅11.81m
全 長10.49m
全 高3.42m
翼面積22.07㎡
自 重3,820kg
総重量/最大離陸重量7,645kg
発動機J33-A-35(2,090kg)×1
最大速度933km/h
実用上昇限度14,264m
戦闘行動半径-
航続距離1,330km
乗 員1名
初飛行1944年1月8日
就 役1945年2月
退 役1958年
兵 装

ロッキードXFV-1サーモン

Lockheed XFV-1 Salmon
ロッキードXFV-1サーモンLockheed XFV-1 Salmon

試作に終わった艦上VTOL機

新興国の強さ?

コンベアXFY-1ポゴと同時期に、垂直離着陸(VTOL)機として競作されたのが、ロッキードXFV-1サーモンです。どちらも試作のみに終わっていますが、一応水平飛行まで到達したポゴに比べ、こちらは水平飛行どころか垂直離着陸さえ行うことなく計画は終了しました。

エドワード空軍基地において試験されるXFY-1ポゴ。後ろには複座練習機のベストセラーとなったT-33がみえています。PHOTO USNAVY
エドワード空軍基地において試験されるXFY-1ポゴ。後ろには複座練習機のベストセラーとなったT-33がみえています。PHOTO USNAVY

エンジンはアリソン社製YT-40-A-14を搭載し、二重のプロペラと直線翼の主翼、X型の尾翼を備えていました。設計は後に名を馳せるケリー・ジョンソン率いるロッキード社の特別開発チーム「スカンク・ワークス」が行いました。

運用者-
主要なバリエーション-
生産数1
スペック型式-
全 幅8.35m
全 長11.43m
全 高11.43m
翼面積22.8㎡
自 重5,260kg
総重量/最大離陸重量7,360kg
発動機YT40-A-14
最大速度933km/h
実用上昇限度13,000m
戦闘行動半径-
航続距離-
乗 員1名
初飛行1953年12月
就 役-
退 役-
兵 装